親の介護が教えてくれること――歴史は繰り返す、だから今が大切

「まさか自分がこんなに苦労するとは」。父の介護が始まった当初、そう思った。

 

仕事では長年、介護の現場に携わってきた。サービスの仕組みも、現場の流れも知っていたつもりだった。だが、自分の親の介護は、まったく別物だった。通院の付き添い、食事の管理、施設との打ち合わせ、行政への手続き——次から次へと初めてのことが押し寄せてくる。「逃げるわけにはいかない」。そう自分に言い聞かせながらも、現実はそんなに甘くなかった。何より痛感したのは、親との会話の少なさだった。何が好きで、何をしてほしいのか。いざとなると、親の情報がほとんど手元にない。そこから生まれるのは後悔だけだった。

 

そんな経験を経て、ひとつのことを強く思うようになった。「自分の介護と親の介護は、密接につながっている。そして、その歴史は繰り返される」。親を介護する自分の姿を、子供や孫がじっと見ている。親に対してどう振る舞うか、誰かに寄りかかりすぎないか、感謝の言葉を忘れていないか——その一つひとつが、次の世代へと受け継がれていく。

 

介護には、されるほうの覚悟も必要だ。「子供が親の面倒を見るのは当たり前」という考えは自由だが、それを口にすると必ずトラブルを招く。配偶者だけに任せようとする老々介護も、二人ともに心身の疲弊を招く。いちばん大切なのは、介護される側からする側への配慮だ。目標を持ち、できることを自分でやろうとする姿勢が、周囲を明るくする。感謝の言葉が、介護する者の心を救う。

 

親の介護を通じて気づくことがある。自分が将来どう老いたいか、家族にどう関わってほしいか——その問いへの答えが、少しずつ見えてくる。親の介護は、自分の介護の予行演習だ。その経験を次の世代へつなぐとき、歴史の連鎖は、負ではなく、温かなものへと変わる可能性がある。そのために今、どう動くか。それを問い続けることが大切だと、父の介護は教えてくれた。