高齢者の車の運転と免許返納


令和6年(2024年)、運転免許の自主返納件数は42万7,914件に達し、そのうち約6割を75歳以上が占めた。数字だけ見れば「返納は進んでいる」と映るが、その裏には複雑な現実がある。

 

「危ないから返せ」という声は絶えない。ペダルの踏み間違いや逆走、信号見落としなど、加齢に伴う変化が重大事故に直結するリスクは確かに存在する。本人が気づかないまま判断力や視野が変化していくことの恐ろしさは、家族や周囲が最も肌で感じている。

 

一方で、問題はそれだけではない。公的機関の調査によれば、運転をやめた人は継続している人に比べ、要介護状態になる危険性が約8倍に高まるとされる。返納を機に閉じこもり、半年から一年で介護が必要になる事例も報告されている。「安全のための返納」が、別のリスクを生む構造がここにある。

 

地域格差も深刻だ。鉄道もバスも機能しない地域では、返納は生活の崩壊を意味する。都市部と地方では、免許の重みがまったく異なる。にもかかわらず、議論は往々にして「危険か安全か」の一軸に収まりがちだ。

 

返納後の支援として、自主返納者には「運転経歴証明書」の交付や、タクシー割引券・公共交通の優待など自治体による多様な制度がある。しかし制度の充実より先に問われるべきは、車がなくても暮らせる地域の設計だ。徒歩圏内に必要な施設がなく、代替交通もない状況で返納を促すだけでは、個人に負担を押しつけているにすぎない。

 

免許返納問題は、個人の能力や決断だけに帰することのできない、社会の構造問題だ。安全と自由、健康と責任――この問いに向き合うことが、地域で生きるすべての人に求められている。


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