はじめに
地域で「みんなが住みよい街を」と活動するとき、その「みんな」の中に、実は見えていない隣人がいるかもしれない。性的少数者(セクシュアルマイノリティ)は人口の約8.9%、およそ11人に1人の割合で存在すると言われている。差別や偏見を恐れて「言えない」状況に置かれているだけで、確かにそこにいる。対話の目的は正解を出すことではなく、じっくりと信頼を築く過程を大切にしながら、共に考え続けることにある。
第1章 あなたの隣に、必ずいる
「自分の周りにはいない」という感覚は、当事者が声を上げていないことから生まれる誤解だ。性的少数者の割合は、佐藤・鈴木・高橋・田中という日本で多い名字を合わせた人口よりも多い。地域の集まりに10人が集まれば、統計上は必ず当事者がいる計算になる。
「いない」のではなく「言えない」社会にある。初対面で自分の性を告げない当事者は、異性愛者が好みを初対面で言わないのと変わらない。その想像力の一歩が、地域活動の出発点となる。難しい議論より先に、「好きな香り」のような何気ない話題で一人の人間として知り合うことが、多様性を認め合う土壌をつくっていく。
第2章 性は「男か女か」ではない
性のあり方は「男か女か」の二択ではなく、体の性別・心の性別・恋愛対象・性の表現という四つの要素が重なり合う、虹のようなグラデーションだ。誰一人として全く同じ色の人はいない。
LGBTQという言葉はその一部を表したものに過ぎず、パンセクシュアル、アセクシュアル、Xジェンダーなど、さらに多様なあり方が存在する。「誰を好きになるか(性的指向)」と「自分をどの性別と感じるか(性自認)」は全く別の要素だという理解が、複雑に見えるLGBTQの整理に役立つ。自分の中にある「男らしくない部分」「女らしくない部分」を振り返ることが、他者の多様性を自然に受け入れる感覚を育てていく。
第3章 制度があっても、壁は残る
長年連れ添ったパートナーが病院で家族として扱われず、手術の同意も面会も認められないことがある。葬儀では友人席にしか座れないという現実も起きている。自治体のパートナーシップ制度は広がりつつあるが、法的な強制力はなく、民間の病院や住宅のオーナーが拒否すれば覆せない。
引越しのたびに手続きをやり直す必要があり、制度のない自治体も多く残っている。賃貸住宅での入居拒否、外出先でのトイレの苦痛など、日常の暮らしに潜む壁は今も続く。壁を壊すのは制度より先に、地域の人々の想像力と深い理解だ。
第4章 子供たちの「自分らしさ」を守る
「自分のクラスにはいない」と思い込む先生、幼い子供の個性に「大丈夫ですか?」と疑問を向ける保育士。国の指針は各学校に出ているが、現場のすべての教育者に届いているわけではない実態がある。勇気を出して打ち明けた子供が「気のせいだ」「根性で治る」と返された事例も、数年前の現実として残っている。
成人式の振袖をめぐる親と本人の葛藤のように、愛情ゆえの期待が最も身近な壁になることもある。当事者を支援する大人でさえ、わが子がそうだと分かったときには戸惑うのが自然な反応だ。完璧な理解より「どんな個性もそのままでいい」と伝えられる大人の背中が、子供の自分らしさを守る土壌となる。
第5章 対話が地域を変える
カミングアウトを受けたときの最初の言葉は「言ってくれてありがとう」でいい。一大決心をして打ち明けてくれた相手への感謝が、不安でいっぱいだった心を和らげる。急に接し方を変えられないときは「難しいかもしれないけれど、あなたの人生を応援している」と正直に伝えることで十分だ。
本人の同意なく性を漏らすアウティングは、本人だけでなく家族への侵害にもなる。「彼氏・彼女」ではなく「パートナー」という言葉を選ぶ日常の小さな変化が、当事者の居場所を広げる。完璧な理解は必要ない。否定せずに聴き続ける姿勢が「アライ(理解者)」の本質だ。対話の積み重ねが、誰もが自分らしく最期まで生きられる地域の「心のインフラ」をつくっていく。
おわりに
幸せの形は、人の数だけある。トランスジェンダーであっても、ゲイであっても、それぞれが自分なりの幸せを見つけ、地域の一員として生きていける。属性で人を見るのではなく、その人自身を見る視点の積み重ねが、地域の空気を変えていく。制度の整備も大切だが、最後は人と人との対話が壁を溶かす。まずは身近な人の物語に耳を傾け、虹色のグラデーションが広がる豊かな地域を、共に描いていこう。
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